1977年に出版され、翌年1988年にジョン・ニューベリー賞(アメリカで最も優秀な児童書に送られる賞)を受賞したキャサリン・パターソン作の児童書「テラビシアにかける橋」を映像化したのが、原作と同名の本作品:テラビシアにかける橋。

撮影はニュージーランドのオークランドで行われ、脚本は作者であるキャサリン・パターソンの息子、デヴィッド・L・パターソンが執筆。

親子でのコラボレーション作品という事実も面白いのですが、それにさらに輪をかけて興味深いのは(興味深いという言葉は適切じゃないかもしれませんが…)このお話がデヴィッド自身の経験を元にして作られているという事。

やはりデヴィッド自身が自分の為に作られた話を映像化する為に脚本を書いた為か、原作の良さを引きつぎながらもダークな雰囲気な原作とは少し違い、より多くの人に受け入れやすくなっている、と私は感じました。

子供だけでなく大人も「楽しめる」ファミリー向けフィルムじゃないでしょうか。

今回はそんなテラビシアにかける橋をちょこっとだけネタばれ有りでご紹介。

あらすじ

ジェス・アーロンは、アメリカの片田舎に住む5年生。家は小さい兼業農家で貧しく、うざい姉妹達に囲まれ、学校ではいじめられっ子。
趣味は絵を書く事で、唯一の取り柄が足が速い事。

そんなジェスは、学校1速いランナーになる為に夏の間中時間が許す限り走る練習をした。待ちに待った新学期。休み時間に恒例のレースに自信満々に挑んだ彼だったが、変わり者の転入生レスリー・バークスに負けてしまう。
その事実を受け入れられずに、フレンドリーに話しかけてくるレスリーに対し、冷たく接するジェス。

しかし、ひょんな事でジェスの趣味である絵を見たレスリーが、彼の絵を「今までこんな素晴らしい絵を描ける子見た事ない!」と絶賛。
これ以降2人の関係は急速に縮まり、お互いにとって初めてのベストフレンドに。

学校でははぐれ者でいじめられっ子の2人はそんな現実の世界に嫌気がさし、ある日「嫌なモノ」がない2人だけの空想上の世界を作る。

それが「テラビシア王国」。

テラビシアに行く唯一の方法は、森の中にある川を古びたロープを使って飛び越え、心の扉を開いた状態で周りを見る事。

そうすると、ただの平凡な田舎の森や見慣れた牧場の景色が、たちまち美しい渓谷にあるテラビシア国に変化する。大木はトロールに。リスや鳥は邪悪な悪の手先。それらに松ぼっくりのグレネードや頼もしい自国の軍隊、蜂たちを使って対抗する。

これら全ては感受性豊かで空想が得意なレスリーが教えてくれた。
2人の大切な宝物。

見所(ちょっと考察)

成長と変化

ジェスとレスリーはお互いに良い方向に影響し合い、特にジェスはレスリーとの交流を経て大きく成長します。

人目を気にしてばかりでおどおどしていたジェスは、徐々に自分の気持ちを表に出すことが出来るように。
レスリーはジェスの影響でいじめっ子との関係に変化が。

そして彼らの成長は周りにも変化をもたらすのですが、テラビシアの住人にも反映されます。

学校にいる、「嫌ないじめっ子がいない世界」として作ったテラビシアですが、実のところテラビシアの世界に主に出てくるのはそのいじめっ子達。

テラビシアでは嫌ないじめっ子がいないのではなく、「嫌ないじめられっ子」がいない世界なんですね。
なのでテラビシアではジェスもレスリーも無敵で強く、テラビシア王国を侵略する「敵」をバンバンやっつけて、自分の王国を守るヒーロー。

ただ、そのテラビシアにラスボスとして出てきても良さそうな人物が、意外とラスボスではなく何故か巨大トロールとしてちょくちょく登場。一見して不可解で奇妙な演出ですが、物語を最後まで見ると納得します。

気づかなかった世界

ジェスは5人兄弟の真ん中っ子。

だけど両親はいつもお金に頭を悩ませている所為か心にゆとりがなく、小さい妹達のことは可愛がるが、ジェスにはあまり興味がないようだし、ジェスはまだ5年生なのに、両親ー特にジェスの父親ーは彼にそれ以上の責任を求めてくる。

真ん中っ子あるあるを地で行くジェス。

そんな彼とは反対に、お金持ちの作家の両親の元に生まれ、才能にも恵まれた都会育ちのレスリー。一人っ子故に両親は彼女をとても大切にしているようで、レスリーの家族は仲が良い、まさに「理想の家族」。

学校の先生だって、厳しくて意地悪なモンスター先生がいるし、性格ブスのいじめっ子もいるし、本当現実って辛い。

そんなジェスの周りがある事件をきっかけに一変。

今までジェスには見えていなかった世界、見えなかった優しい世界が、あることと引き換えに現れるのでした。

ファンタジーのようでファンタジーでない世界(若干のネタばれあり)

以下ネタばれ

この映画を見始めて「テラビシア」の世界が出てきた後、きっと多くの人が時間が経つにつれて徐々に違和感を覚えると思います。
それは彼らの空想の世界「テラビシア」がずっと「空想の世界」であり続ける事。

予告動画を見てから映画を見た場合なんかは余計にでしょう。
だって予告を作った側が意図時に、この映画はいわゆる「ファンタジー」だと思い込ませるように作ったから。

ナルニア然り、ハリーポッター然り、今まで全く普通の生活をしていた子供がひょんな事から「非現実的」な現実の世界に入り込む事になり、その中で冒険をしていきます。

こういった有名な児童書が上記のようなスタイルを取っているために、私たちは自然と「異世界が出てくる物語はこういうモノだ」という刷り込みがあるんじゃないでしょうか。

なので、テラビシアという異世界が「いつ空想の世界から『(ファンタジーの)本物の異世界』に変わるんだろう」、と期待してしまうのですが、本作品では空想の世界は空想のままで止まります。

そしてジェスは空想と現実の間を行ったり来たりするんですね。

そういうのも含めて、すごく現実的だなぁと思います。
テラビシアは飽く迄も「現実世界」をある意味とても忠実に描いた物。

「ファンタジー」と思い込ませて「裏切る」のも、すごく現実的だし、これが物語全体のテーマの一つをすでに表しているんじゃないかなーと感じます。

最後に

辛口コメントが多いRotten Tomatoでもトマトメーター85%と高レートを獲得したこちらの作品。純粋な子供同士の友情がとても美しく表現されています。

ただ、それだけでは終わらずにいるのがこの映画をより魅力的にしているところじゃないでしょうか。

最後、思いもかけないことが起こるのですが…

それはもちろん見てのお楽しみ!

ちなみに日本語版の予告動画もYouTubeで見つけたのですが、「違う!そうじゃないんだよおお!」感がすごい。
すんごい超ド級のネタばれかましてくれるので見ないことをオススメします。

まめ

原作はニューベリー賞をもらうくらい素晴らしいのですが、それと同時にアメリカの図書館では度々禁書になる本でもあります。

「禁書」というとなんだか仰々しい感じがしますが、そんな大げさなものではなく、度々図書館や学校のカリキュラムから取り除かれたり、というレベルの本を banned books = 禁じられた本 と呼ばれています。有名なトムソーヤの冒険や、ファイトクラブ、ゴシップガールも banned books です。テラビシアに関しては、児童書と位置付けられているから故にそういう処置がされることもある、というレベルで子供向けの本にしてはなかなかディープでダークな作品です。
それも全て、作者から息子デヴィッドに対するメッセージなのですが…

映画を見て好きになったなら原作も是非読んでほしい一冊です。
ちなみに、オークランドライブラリーにもあるので、図書カードを持っていればLibbyアプリを通して借りれますよ!

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